2023年度卒論講評
卒論講評
★「日本と韓国における北朝鮮拉致問題 ―政治イシュー化の比較考察―」
この論文は力作である。日本と同様に北朝鮮による拉致問題を抱える韓国であるが、韓国では拉致問題への注目度はそう高くない。なぜ日本と韓国で拉致問題の「政治イシュー化」に差異が生まれるのかという、これまであまり着目されてこなかったテーマに取り組んでいる点でオリジナリティを有する。簡単に答えが出せそうで実際に論証するのはなかなか難しいテーマであるが、韓国での交換留学経験を生かし多くの韓国語資料を駆使して分析し深い考察となっている。
具体的には、この論文の特色は韓国側の拉致問題への対応に接近した点である。先行研究が少ない中、韓国歴代政権をたどりながら拉致問題への対応の流れを韓国語資料も使用しながらまとめている。其のうえで、「韓国では、民主主義政権となった盧泰愚大統領政権以降、拉致問題を追及せず再会事業を行うという姿勢から大きくは変更していないが、人権問題として国際社会に指摘されない程度には言及してきており、その程度は政権が強硬政策に映った際に大きくなりやすいことがわかった」という筆者の結論には、丹念な資料の読み込みから導出されたものとして納得させられる。さらに、「韓国は一度拉致被害者の追求をはじめとした強硬政策による失敗の経験から、拉致被害者については拉致被害者家族の追求に対応し軽く言及するが、基本的には強く再会事業の推進を行う金大中大統領の政府姿勢が評価され、現在までその姿勢が引き継がれたと考える」とし、金大中政権の手法が現在にも引き継がれている指摘も興味深い。
しかしながら、不足な点もある。日本側における拉致問題の「政治イシュー化」については、和田春樹ら、拉致問題が「政治イシュー」化されていることを鋭く指摘する論客からの視点が取り込まれていない。そのため、この問題が単なる人権問題を超えて政治化していった部分での描写にはやや不足な感が残る。(韓国側資料に関しても新聞記事のみならず「月刊朝鮮」「月刊東亜」など総合雑誌あたりへの目配せもあればよかった)
それでも卒論に要求されるレベルを超える論文であることは間違いないであろう。6万5千字にも及ぶ卒論を書き上げた努力を称えたい。
★「⼆つの同盟理論から読む現代の⽇韓関係 ―疑似同盟理論および脅威均衡理論による検証―」
本論⽂は、⽶ソ冷戦期における⽇韓関係を実証した「擬似同盟理論」(Victor Cha)および同盟形成の起源を探究した「脅威均衡理論」(Stephen Walt)の両理論から、⽇韓関係に⽣じる敵対⾏動または協調⾏動のメカニズム解明を試みている。国際関係論の理論を用いて実証研究を行う手法をとっている論文である。評価したポイントは2点ある。
1点目は、疑似同盟理論と脅威均衡理論の関連性に関する知見に研究上のオリジナリティがある点である。疑似同盟理論は日韓米の三角関係に注目したものであるが、北朝鮮からの脅威という外部脅威が日韓米三角関係にどのような影響を与えるか明示的に理論に取り込まれていなかった。その部分を脅威均衡理論で補完している点でオリジナリティがある。「擬似同盟理論と脅威均衡理論では、外部脅威に対する認識・評価が⼤きく異なる。この点が、同盟の帰趨を予測する上で両理論に明確な違いをもたらしている」が、それらを重層的に重ね合わせて、さらに実証分析を加えていっている。つまり、「(脅威均衡理論によって)、擬似同盟理論に限界性をもたらした『外部脅威に対する認知』を補完し、⽶国の影響下にある⽇韓間に働く同盟の⼒学を(さらに)明らか」にしたのであった。
2点目は、ビクター・チャが研究の範疇においていなかったポスト冷戦期にあたる韓国李明博政権から尹錫悦政権までの実証分析を行った点である。その上で、「国家⾏動の起源および帰趨が同盟内部にあると主張する擬似同盟理論、外部脅威にあると主張する脅威均衡理論のどちらによる説明が、⽇韓関係を読み解く上で真に説得力を持つのか、さらには、⽇韓の持続的な協調関係の形成にはどのような同盟の⼒学が必要となるのか」について分析を試みている。両理論へのフィードバックを歴史的な実証研究から試みている点も大いに評価したい。
最後にさらにこの研究の精度をさらに上げ得るために、あえて苦言を呈するなら、実証分析の部分での加筆は必要だろう。例えば、安部政権の外交分析には安部回想録への参照もあってもよかったと思われるが、本稿では扱われていない(本稿ではジョン・ボルトン回想録のみ使用されている。ちなみに、卒論提出後の出版となったが、2024年2月には朴槿恵の回想録も韓国で出版されている)また、英語資料も資料されているものの十分とはいえない(例えば、オバマ政権期においても政策決定当事者らの回想録もあるが、それらは扱われていない)さらに、韓国への交換留学の経験も生かして韓国語文献をさらに駆使することができていればと悔やまれるが、理論志向の卒業論文においては、そういった資料収集に限界があるのはやもえないだろう。
とはいえ、この論文は理論と実証の融合を試みた見本となる卒業論文といえる。
●「ケネス・ウォルツの構造的リアリズムの再検討 ―アメリカのアフガニスタン戦争をケーススタディとして—」
米国のアフガン侵攻と撤退を取り上げ、K・ウォルツの分析レベル分けを援用しながら、ウォルツの構造的リアリズムの主張に対して検討を加えた論文である。分析の手法と着眼点にオリジナリティーがある。だが、この論文の主目的となる結論部分での「第三レベル」が重要だったとする部分の考察が深まっておらず、着地点が消化不良となっている。また、このテーマにおいては、英語文献の読み込みが必要だが、この点も不十分さが残ってしままった。
●「地域におけるパブリックディプロマシー ―『チャンプルー文化』発信の町 沖縄市―」
管見の限りだが、ほとんど先行研究がない分野である。沖縄市に限定して、市のパブリック・ディプロマシーについて分析した論考である。「米軍基地から派生したアメリカ文化が混合したチャンプルー文化は、アメリカ統治下だった近現代沖縄の歴史の産物」であるととらえ、「軍の払い下げ品がお土産品店で販売されていたり、チャンプルー文化をテーマとした観光スポットが作られていたりと、チャンプルー文化は沖縄(市)の観光資源として利用されている」ことに着目した点において、独自性がある。分析において、沖縄市役所のデータや職員へのインタビューも実施しており、独自資料に基づく研究となっている。
●「パブリック・ディプロマシーが新聞記事に与える影響の検証 ―台湾と中国に関する新聞記事の計量テキスト分析から―」
KIMゼミでは初めての計量分析を使った研究である。計量分析に挑戦した点を評価したい。2022年の日本(朝日新聞)の報道が、米国との文脈で台湾・中国に対する報道が目立つなどの新聞報道の傾向を持ったとして、日本の両国への関心傾向に力点をおいた研究としていればまとまったかもしれない。パブリック・ディプロマシーを新聞記事の計量分析からとらえるには十分に論じ切れていない感がある。先行研究の張雪斌(2019)が言う「特定のパブリック・ディプロマシー政策による成果を抽出し、計量的に評価することはほぼ不可能である」という主張を覆すには、抽出単語の選択や組み合わせ等さらに工夫が必要となるであろう。
●「レジーム理論から見る日本軍『慰安婦』問題」
慰安婦問題について、1965年日韓条約と2015年の日韓合意という二つのレジームに注目しながら、1965年から2015年へと変節を遂げた日韓間のレジームの変化を取り上げた。このテーマの分析にレジーム論から考える切り口にオリジナリティそのものがある。特に、最終章の「プライベート・レジーム」としてNGOが日韓レジームに与えた影響力の分析は、この論文の独創性を高めるもので興味深い。
●「『ブレグジット』という選択 ―対外政策理論・レジーム論の分析から―」
イギリスの「ブレクジット」を国際レジーム論と対外政策変更理論(D・ウェルチ)の二つのパラダイムから分析した論文である。二つの理論を使った点が先行研究との差異をなす部分である。だが、ウェルチの理論が国民投票にゆだねられた「ブレクジット」の分析に適合するかどうかは十分に検討すべきであった。また、この「ブレクジット」問題に対して英語文献を使用せず実証分析をしている点で残念であった。
以上